2018年2月16日金曜日

道徳なき商業

マハトマ・ガンジーは『七つの社会的大罪』として次の七つをあげています。

一、原則なき政治

二、道徳なき商業
三、労働なき富
四、人格なき教育
五、人間性なき科学
六、良心なき快楽
七、犠牲なき信仰


今、この七つ、意識され、守られているでしょうか。

かつて商人は『信用第一』とされてきました。

世界で初めて信用取引がなされたという大阪・堺でも

『約束を守れぬ時は、満座の中でお笑い下さい』

と言ったと言います。

今では『笑われるくらいなんだ。笑われ嘲られても、お金を握った者が勝ちだ』

という感覚さえあるのではないかと想いますが、その時代、他人から笑われる嘲笑されるというのは耐え難い屈辱であり、商人として抹殺されるに等しい事だったのだと想います。

今年のはじめに起こった振袖の事件、仮想通貨の流出事件・・・

釈明をする経営者は、頭を下げながらも、同時に舌を出しているように見えました。

法律的には色々あるでしょう。

もしかしたら何のおとがめも無いのかも知れません。

でも、それで良いのでしょうか。

それが商人としての道でしょうか。

本当に、お天道様に恥ずかしくない商売をしたと言い切れるのでしょうか。

商人は、方便として、大げさな事を言ったり、歯が浮くようなお世辞を言ったりもします。

それはもしかしたらウソと言われるかも知れません。

しかし、お客様に致命的な損害を与えるようなウソは絶対についてはいけないのです。

一度買わした約束は、もし結果的に損をするような事があったとしても履行する。

それこそが商人の心意気です。

そして、それがあるからこそ、商人は存在意義があるのです。

昔の商人は低い身分に置かれ、苦しんできました。

だからこそ、禅を学び、信心を怠らなかったのです。

誰しも欲はあります。

豊かになりたい。

でも、それが他人を不幸にしたり、陥れたりした結果ではいけません。

作った人から、納得してもらえる値段で買い、それをまた必要とする人へ、これも納得してもらえる値段で買ってもらう。

その仲介をするところに商人の存在意義があり、それで御飯をたべているのです。

多くの人は誤解しています。

他人の裏を掻いてする商売は外道なのです。

商人は板子一枚、その下は地獄。

どんなに頑張っても嵐が来れば、命の保証はない。

だからこそ、王道を貫かねばならないのです。

諸悪莫作 衆善奉行

なかなか出来ない事だけれども、できるだけ良い事をしましょう。

商人が一番忘れてはいけないのは、『畏れ』です。 

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